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やったなぁ〜。

昨日、娘の小学校生活最後のバレーボール大会がありました。
公式戦は夏に終了しているので、『北島・喜来大会』という地方大会だけど、それでも池田や日和佐や県外からも何チームか参戦していて、数十チームが各ブロックに分かれて行うような大会です。

娘のいる佐古小チームは、は全7校によるトーナメントの「北島北小ブロック」。

で、結論を言っちゃうと、佐古小は優勝しました。
夏の公式戦を欠場した娘は、悔しさをバネにちょっと頑張っちゃったみたいで、副将のマユカちゃんと共に絶好調をキープして、危なげなく勝ち進んでの優勝です。
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見事に有終の美を飾れたこともさることながら、たとえ小さくてもこうしていろんな成功体験を積み重ねることで、娘が自分なりの「勝つ法則」みたいなものを見つけられるといいなぁ。
…なぁんてね。
ちなみに、今朝は熱出して学校休んでますが。

とりあえず、親父も負けずに頑張らねば!
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by atelier_cube | 2010-11-29 08:48 | 雑感

ここで出るかっ、熱っ!

6年生としての現役最後の公式戦だというのに、しかもキャプテンだというのに...大会前夜から高熱でダウンした娘。

仕方ないコトとはいえ、何とも残念。
でも、体調管理の不備を怒っても、キャプテンとしての責任感の欠如を責めてもかわいそうだわなぁ、そんなコト言われなくても、なにより本人が一番悔しい思いをしてるんだろうし...。

おまけに息子には、「そんなキャプテン見たことないわ」なんてからかわれる始末だしね。
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で、あまりに気の毒に思ってくれたのか、徳島新聞の記事ではなにやら美談にまとめてくれていました。

でもね、各小学校単位で行われている小さな大会は9月も10月にもあって、ホントの最後の試合は11月なんだってこと、取材してくれた記者は知らなかったんだよね、きっと。
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by atelier_cube | 2010-08-31 07:37 | 雑感

死のロード、的な。

お盆の2日目。
娘たち6年生は、今年9回目となる「佐古愛日連」として両国と藍場浜の演舞場に躍り込むために、午後イチで小学校に集合です。
なので、親達も…。
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まず東新町のアーケードを流し、次は『トモニ・プラザ』で地元ラジオの収録のためにひと踊り。
でもって、ゲストの北澤豪とパチリ。
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その間、俺は市役所の建築課に書類を持ち込んで、仕事の協議を済ませた後に再合流です。

収録が終わると、すぐ近くの徳島城公園に場所を移して、練習と休憩と軽食で時間調整。

それから、両国と藍場浜の演舞場でクライマックスを迎えたわけですが、集合してからここまで約7時間余り、なんと全て徒歩。

娘がつけてた万歩計のカウントが、およそ2万歩!

真夏の炎天下、子ども達は終わった後も平気で走り回ってたけど、大人にとっては、なんて過酷なイベントでしょ〜。
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by atelier_cube | 2010-08-14 09:12 | 雑感

バブルな期待感

「次の試合にひょっとして勝ったら、そのまま優勝するかもよ〜。」
なぁんて家内が言うもんだから、松茂町総合体育館までいきましたよ、大胸筋の痛みをこらえてね。

ところが、いざ試合が始まるとなんのこたぁない、全然ダメ。
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1セットは4対21でボロボロ。
なので、
「せめて10点は取れ〜っ!」
って、監督に怒鳴られたもんだから、2セットめは律儀に10対21でストレート負けです。

どこが優勝なのさ!
フガフガ鼻息荒く家内に詰め寄ると、
「優勝候補に匹敵するくらいの強敵だから、ひょっとして勝てたら優勝までいけるかと思って…。」
とのこと。
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なんか寂しそうな背番号1…。

『ひょっとして勝てる』かどうか、判りそうなもんだろ!
ありえへんっ!

親の欲目は真実を曇らせる、というお話でした。
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by atelier_cube | 2010-03-29 18:21 | 雑感

娘の試合

昨日、娘の出場する小学生のバレーボール大会があった。
娘はまだ5年生だが、この日の試合を最後に6年生は引退となる。
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俺が観戦した初戦では2セットを制して2-1で勝ったものの、2試合目は男子のチームと当たってしまい、惜しくも敗れたらしい。
小学生の大会事情に詳しくない俺は、さすがに男女混成で行われているとは知らなかった。

6年生が引退し新チームに切り替わるのを機に、毎年作り替えているユニフォームも来年は「赤」になり、この紺色のユニフォームで臨む大会もこれで最後だ。
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左のアタッカーを担う娘は来年、キャプテンマークの付いた「1」を着る。
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by atelier_cube | 2009-11-30 11:52 | 雑感

頑張って。

これぞまさに『秋晴れ』というような、100点満点の晴天に恵まれた昨日、娘の小学校の運動会が行われた。

5年生の演目は午前中に集中していたので、お弁当を一緒に食べた後は先に帰ってきたのだが、やはり今年も走ることに関してだけは、とりあえずのところ人後に落ちないようだ。
今年は直球勝負の徒競走ではなく、障害物走的な要素を含んだ競技だったのだが、それでもなんとか1着。
いいぞっ!
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他にも聞いた話では、クラブ活動のバレーボールで、サウスポーの特性なのか彼女が打つスパイクやサーブの球筋はゆらゆらとした軌道を描いていて、相手チームにとってはやりにくいらしく、コーチや監督も期待してくれているらしいのだとか。
これは、野球で言うところのナックルのようにボールの回転が極端に少ないために、空気抵抗によって軌道が振れるということなのだろう。

親としてもそういう風に期待をかけてくれるのはありがたいが、そういえば練習後の体育館に迎えに行ったとき、最近監督がやたらとニコニコ話しかけてくれるのは、娘の仲良しの子が部を止めてしまったことを気遣ってということだけではなかったのかも知れない。

ならばここはひとつ、苦手な勉強をカバーすべく練習に精を出してもらって、まだまだ先の話ではあるが高校入学への足がかりとしてもらえるってぇと、親バカとしてはますますありがたいのだが…。
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by atelier_cube | 2009-10-19 14:26 | 雑感

ウチ、体育会系です。

6年生が引退し、小学校のバレーボールチームは9月から、娘達5年生中心のチーム編成となる。
で、娘はキャプテンになったらしい。

これでまた大変なのはウチの家内で、息子のソフトボールが21日からの全国大会を最後に終わり、やっと父兄としての世話や手伝いから解放されるというのに、またもや、である。

息子の試合の日などはキャプテンと副キャプテンの母親が中心となり、朝早くからテントや飲み物を用意してチーム全体のいろんな世話係となっていた。

その点オヤジは実に暢気なもので、試合開始前に現れてはノンビリ試合を観戦し、終わればまたのそ〜っと帰るだけ。
まっ、中にはもちろん熱心な父親もいるけれど。

いずれにしても、母親達の鬼気迫る八面六臂の大奮闘を1度でも目の当たりにすれば、自然と頭も下がるというものだ。

そして今度は、女子バレーボール。

ほんとにご苦労様です…。
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by atelier_cube | 2009-08-18 21:35 | 雑感

正義の使者!

公立の小学校に通う子供を持つ父兄として決して逃れることの出来ない宿命、それは立哨当番。
寒い日も暑い日も、当たり前だが大雨の日であっても容赦などしてくれない。
父兄会、恐るべし。

この辺りの校区の通学路では、朝7時半から8時10分までをスクールゾーンとして車輌規制の対象としている。
ただし、スクールゾーン内に家や勤務先のある人々には「通行証」が渡されていて、これを立哨当番に提示することでバリケードをどかしてもらい、聖域への立ち入りが可能となるのだ。

だが毎回何台かの車輌が、知ってか知らずか進入を試みる。
しかし、立哨当番としての責務を全うせねばならない俺は、甘い顔など見せるはずもない。
なぜならば、今朝の俺には子供達の安全を守る使命があるのだ。

「立哨」とは読んで字のごとく、「立って見張りをする」という意味である。
大辞林には「その位置を動かずに監視・警戒にあたること」とあるではないか。
当然、正義はOn My Sideであるのだからして、何も臆することはない。

カミカゼアタックをかけてくる不貞の輩に対しては、通学路と書かれた黄色い手旗を振り回し、両腕で大きく×印を示し進入不可である旨を伝えて一喝し、元来た道へと追い返すのみだ。

なぜなら俺の傍らには、「ご苦労さまです。」と優しく微笑みかけるお巡りさんがいる。
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by atelier_cube | 2009-03-19 14:06 | 雑感

子どもについて

日曜日、娘の通う佐古小学校で小学生のバレーボール大会が開かれた。
「佐古大会」ということで他に5チームが参加しての、全6チームによる総当たり戦だ。
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家内は早朝から大会終了後の後片付けまで、他の何人かの父兄と一緒にチームに付き添って手伝いをしていたが、俺は第1試合だけを観戦して会場を後にした。

背番号3を背負い、レフティーのアタッカーとしてハツラツとプレーする娘を見ていると、その成長の早さには実に驚かされる。
入部当初はレシーブどころか、下手打ちのサーブすらおぼつかなかったというのに。
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子供の成長は、本当に早い。
日々加速する「大人時間」の中で生活する我々親達が考える以上に、子供達は全速力で生きている。

今にして思えば、「あの頃は可愛らしかったなぁ」と思える時間はあまりに短く、子供達は親の気付かぬ間に自我と彼らの世界を身につけていく。
そして、自分のハンドリングの外にまで子供達の世界が拡張したことを目の当たりにして初めて、我が子との僅かだが煌めくように大切な時間を、納得がいくほどには濃密に過ごしてこなかったことへの反省と後悔に、愕然としてしまうのだ。

しかし、失ってしまった時間を今さら取り戻すことはできない。
それならば、これからの成長を一緒に楽しみながら、しっかり見守っていこうと思っている。


Children

And a woman who held a babe against her bosom said, 'Speak to us of Children.'

And he said:

Your children are not your children.

They are the sons and daughters of Life's longing for itself.

They come through you but not from you,

And though they are with you, yet they belong not to you.

You may give them your love but not your thoughts.

For they have their own thoughts.

You may house their bodies but not their souls,

For their souls dwell in the house of tomorrow, which you cannot visit, not even in your dreams.

You may strive to be like them, but seek not to make them like you.

For life goes not backward nor tarries with yesterday.

You are the bows from which your children as living arrows are sent forth.

The archer sees the mark upon the path of the infinite, and He bends you with His might that His arrows may go swift and far.

Let your bending in the archer's hand be for gladness;

For even as he loves the arrow that flies, so He loves also the bow that is stable.

Kahlil Gibran


子どもについて

そこで、子供を胸にかかえた女が言った。お話ください。子供のことを。
そして、彼は言った。

あなたの子どもは あなたの子どもではない
子どもは「生命」の渇望からの子どもである
子どもは あなたを通ってくる
しかし あなたからではない
子どもは あなたと共にある
しかし 子どもは あなたのものではない

あなたは 子どもに愛を与えることが出来る
しかし 考えを与えることは出来ない
子どもは 自分の考えをもっているのだから
あなたは 子どもの体を 動かしてやれる
しかし 子どもの心は 動かせない

子どもは 明日の家に生きている
あなたは それを訪ねることも 見ることもできない
あなたは あなたの子どもを 思い通りにしようとしてはいけない
人生は 後ろに退き 昨日にとどまるものではないのだから

あなたは 弓である
そして あなたの子どもらは 
生きた矢としてあなたの手から放たれる

弓ひくあなたの手にこそ 喜びあれ……と

カーリル・ギブラン
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by atelier_cube | 2009-01-19 00:01 | 雑感

Time flies like an arrow.

娘の結婚式があった10月25日は、もう2ヶ月も前のこと。
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まさに「光陰矢のごとし」。
しかもターボ付き!
それもツインターボ!!
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一般的に年を取るほど時間が経つのを早く感じるもので、この現象は心理学的には『ジャネーの法則』として知られています。

これは「主観的に記憶される時間の長さは、年少者にはより長く、年長者にはより短く評価される」という説で、つまり人生の中でのある時期における時間の心理的長さは、年齢の逆数に比例し年齢に反比例するんだそうな。

なんだかややこしいぞ。

例えば、50歳の人間にとって1年の長さというのは人生の50分の1であるのに対し、5歳の人間にとって同じ1年は5分の1に相当しますよね。
なので50歳の人間にとっての10年間という時間の長さが、心理的には5歳の人間にとっての1年間に等しい、という理論。

ほほぉ〜、なるほどね〜。
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by atelier_cube | 2008-12-23 00:15 | 雑感