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We feel so good.

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物事の本質はいつも現象に隠れて見えにくいもの

今日、8日間の入院生活からやっと解放されて、久しぶりの我が家へと生還した。
やっぱり自分ちはいいなぁ。
気兼ねなく、自分のルールで生活できるんだから。

と言うのも、緊急搬送からの入院措置だったために個室が空いてなくて、ICUから直接6人を詰め込む大部屋へ移されたもので、デリケートな俺は養生するどころか逆に疲れ果てる始末。

なにせ相部屋の患者たちは結構入退院や移動による出入りが多く、その度に何故か、デリカシーのない新しい◯◯が登場するのだ。

そして概ね、その◯◯っぷりは入院初日に発揮される。

例えば...
昼間だとはいえテレビの音量がやたらデカい◯◯。

消灯後も、イヤホンを使わずにテレビを見ようと挑戦する◯◯。

消灯後に、やたら電動ベッドの角度を変え始め、ああでもないこうでもないとモーターをウィンウィン唸らせる◯◯。
んなこたぁ消灯までにやって、ベスポジ見つけとけ!

果ては、消灯になってから枕元灯を点けては、ゴソゴソなんかやり始める◯◯。
...とかね。
類型まで挙げだすと、枚挙にいとまがない感じ。

それでも大抵は、看護師さんにたしなめられるのか、2日めからはおとなしくなって部屋の空気に迎合する羽目になるのだが。

当初俺がこの部屋に入ったときから既にそうだったように、自分たちのベッド周りを囲うカーテンを昼夜の別なく閉め切るという習慣を、その後この部屋に入る誰もが躊躇なく踏襲するために、相互の交流ってのは全くない。

なので畢竟、隣にいるのが何処の誰兵衛かわからないまま、その人の声や話の内容、動作の気配などによって彼の人格は記号化され置換される。

そのために、他人への気遣いという最低限のデリカシーさえ薄れちゃうのかな。
この中には、一歩社会に出れば地位も名もある人だっているだろうにね。

この経験は、大なり小なり被災地の避難所にも共通する問題を孕んでいると思われるのだが、つまりは、プライバシーの尊重という命題とうまく擦り合わせしながら、たとえ小さくてもしっかりとコミュニティを形づくっていくことの重要性に思い至る契機となった。
なんてな。
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by atelier_cube | 2011-04-29 14:13 | 雑感
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